長期人口推計と現状維持バイアス ~ Vol.3
2022.09.15
VOL.03 現状維持バイアスとイノベーション


行動経済学のダニエル・カーネマンによれば、人間には損失を利得より強く感じる傾向があり、これを損失回避性と名付けている。

ダニエル・カーネマンは、死亡率90%の薬と生存率10%の薬のどちらかを選べと言われたら、大半の人は生存率10%の薬を選ぶことを実験により証明した。
 人間が合理的に行動できるなら、どちらの薬も生存率10%で期待値は同じであるから偏りは生じないはずであるが、実験の結果そうではなかったことから、利得と損失ではリスクに対する態度が違うという事実を指摘した。
 ダニエル・カーネマンは近代経済学の矛盾から、人間の非合理的行動を観察し、経済学に応用しようと考えたが、実際の経済政策分野ではなかなか活かされていないように見受けられる。

ところで、「経済の不都合な話」(ルディ和子著・日経プレミアシリーズ)によれば、「人間は今もっているものを失うことの恐怖心から現状がよほど嫌でもない限り選択して行動を起すことを躊躇するのが現状維持バイアスだ。」としている。

著者はさらに

「変化することは素晴らしい未来をもたらすかもしれない。だが現状より悪くなる可能性もある。たとえその確率が低くても、現在がよほど酷い状態でない限り、リスクはとりたくない・・・と考えるのが普通の人間だ。」

と指摘しているが、確かに我々は損失回避性から現状変更を望まない傾向がある。

一定期間をおいて振り返ってみれば、明らかに現状変更することが合理的であったと判断できても、時は徐々に過ぎて行くため、現状変更の必要性の認識ができず、ゆでガエル状態になって最悪の状態を迎えることになる。

現在、所有者不明土地や空家・空地の問題、相続登記の問題等に対する政策提言がなされているが、人間が本来的に持っている損失回避性とそれから来る現状維持バイアスについても考えておく必要があるのではなかろうか。

政策提言は、理性的判断の結果であるが、現状維持バイアスがあるということも考慮に入れておかないと、期待した政策効果を得ることは難しいのではと思われる。

鑑定業界も、20年もしないうちに人口減少による相対的需要の減少や、空地・空家のように相対的に過剰となった不動産により市場は縮小し、結果として鑑定需要は激減する可能性が高い。

鑑定業界の縮小・再編がせまっているのに、今日という日が永遠に続くと仮定し、現状維持バイアスから逃れることができないでいる。
公的評価に対する依存度が高いと、仕事が減少する恐怖から現状維持バイアスは余計に高くなるが、公的評価の依存度が高い地方に行く程その傾向が強くなっている。

このような中ではイノベーションは望むべくもないが、現状変更の恐怖から逃れる術があれば少しは救われるのではと考えているが、間に合いそうにもないようである。

いずれにしても、行動経済学の教えるところにもう少し注意を払い、ゆでガエルにならないようにしたいと願っているが、DNAに深く刻まれた無意識の損失回避性から脱却するのは大変なようである。

かつて経験したことがない課題が山積している現在、現状維持バイアスに立ち向かう志の高い挑戦者の出現を期待したい。
 

(2018年11月 傍目八目掲載/「長期人口推計と現状維持バイアス」)

2022.09.15 10:05 | 固定リンク | 鑑定雑感
長期人口推計と現状維持バイアス ~ Vol.2
2022.09.08
VOL.02 少子高齢化と過疎化が意味するところ


個人的には、少子高齢化と過疎化は自然現象ではなく、国策による人為的現象であると考えている。
 何故なら、戦後しばらくの間は人口増加により食糧事情に影響がある、と考えた政府は、産児制限を奨励したからである。
 昨今話題となっている優生保護法問題も、あの時代の要請であったからこそ社会も黙って受け容れていたのではと考える。

また、経済のグローバル化は市場開放を求めるため、国内産業も経済開国を前に競争は激化し、競争力の弱い第一次産業、特に林業は、壊滅的打撃を受けた。
 政府は第一次産業に対する手厚い保護を与えたが、厳しい経済環境と少子高齢化による後継者難から、長期的な衰退は不可避となっている。

一方で、急成長する中国をはじめとする東南アジア諸国に対応するため、国内の製造業も国外へ拠点を移したことから、国内産業の空洞化の問題を生じた。

また、経済成長を促すため、各種の規制緩和が行なわれ、競争は更に激化した。

特に大店法の見直しにより、地方の小売店舗等は大規模店舗に駆逐され、かつての商店街は閉店街・シャッター街となり、昔日の面影は失せてしまった。

さらに、増大する財政赤字を減らすため、行財政改革が行なわれ、市町村の広域合併や地方出先機関の廃止等により、地方はさらなる人口減少と地域経済の低迷に追い込まれた。

産児制限のツケは少子高齢化社会を招き、良かれと始めた市場開放・規制緩和・行財政改革は地方のさらなる疲弊を招いた。
これを図式に示すと、次のとおりである。



現在、各地で起きている所有者不明土地や空家・空地・人口減少等の問題は、これらの政策による無限ループの中で必然的に生じたものであると思わざるを得ない。

これらの問題は相互に原因となり結果となって無限ループの中に閉じ込められ、解決の道は遠いとしかいえないが、かといって日本経済の現状を考えると、これといった方法がない以上、現状変更は容易ではなく、破滅の危機に向かって突き進むしか道はないのかもしれないと思っている。

第2次世界大戦末期の無謀とも思える軍部の行動を、他人事と考えている人々は同じ過ちを繰り返すのかもしれないが、これも歴史の必然と考えるべきなのであろうか。
2022.09.08 10:32 | 固定リンク | 鑑定雑感
長期人口推計と現状維持バイアス ~ Vol.1
2022.09.01
VOL.01 長期人口推計について

人口問題研究所は、2018年3月に2045年の長期人口推計を公表した。

 これによると、2015年の総人口127,095千人が2045年には106,421千人と20,674千人、率にして16.3%の人口減少を予測している。都道府県別にみると、30%以上の人口減少となるのは東北地方に集中しているが、高知県も仲間入りしている。

 尚、30%以上の人口減少率と高齢化率のワースト5は下表のとおりである。





ところで、前記の推計をみると、東京は2045年でも現在の人口を維持すると予測されている。
 また、2045年の高齢化率をみると、高齢化率が40%を超えるのは19県で、秋田が最大で最小は東京の30.7%となっている。
 さらに三大都市圏には約54%の人口が集中し、そのうち首都圏には約32%の人口が集中すると予測されている。

これらの状況をみると、将来とも大都市圏への人口の一極集中は避けられそうもないことになる。
 ということは、それ以外の地域は過疎化が尚一層進み、少子高齢化と相まって、地方自治は有名無実化する可能性が高い。
 戦後、占領政策により地方自治制度が確立されたが、100年もしないうちに地方自治制度は崩壊する可能性が高い。

行き過ぎた中央集権が地方の自立性を損ねる一方、政策の方向性が結果として大都市への集中を引き起こしたのではと思っている。
 経済合理性を考えれば、地方の過疎地は無い方が良いとしか言えないのに、選挙対策から甘い言葉をかけ、権力の保持に汲汲とした結果で、選挙民にもその責任の一端はあると思われる。

このような中で、国会議員の定数増法案が成立したが、急激な人口減少が予測され、地方と大都市の格差は拡大しても縮小することがない中での定数増の意味するところを良く良く考える必要がある。
2022.09.01 13:37 | 固定リンク | 鑑定雑感

- CafeLog -