デフレ脱却と内需拡大への道 ~ Vol.1
2022.01.20
VOL.01 内需は何故拡大しないのか

 内需不振に陥ってから、二十年余りが過ぎようとしている。

公共事業等による経済のテコ入れを行っても、依然として内需は拡大しない状況に、官民あげて不満が高まっている。


ところで、何故内需は拡大しないのであろうか。


一般的には、景気低迷に伴う企業倒産、リストラや非正規労働者の増加等により勤労者の所得水準が低迷していることの他に、将来に対する不安から買い控え行動に出ているといわれているが、果たしてそれだけであろうか。

 戦後の焼跡から急速に復活した日本経済には、目を見張るものがあった。

 この時代はとにかくモノのない時代で、どんなモノであれ作れば売れた時代であったし、国民も頑張ってモノを貪欲に買おうとした時代であった。
大量生産と大量消費が見事にマッチングし、人々はガムシャラに働いた時代でもある。

家電業界における生活必需品の地位を占め、最初の三種の神器といわれたのはテレビ・冷蔵庫・洗濯機であった。
 現在、この三つが揃っていない家庭を探すのは難しい。

 しかし、つい40年ほど前は、これらはないのが当たり前の時代であった。

 また、かつては腕時計は月給以上の高価なものであったが、今は 1,000円位から上は100万単位のものまで千差万別であるが、腕時計を買うのに、かつてのように貴重品として考える人は少ない。
 マイカーにしたところで同じある。

 衣料品をみれば、一年に一度も袖を通さない服の、何と多いことか。

今や買うことより捨てることの方に気を使う時代になった。
 考えてみれば幸せな時代である。
2022.01.20 15:31 | 固定リンク | 鑑定雑感
地方のことは地方へ ― 平均値の落とし穴 ~ Vol.3
2022.01.13
VOL.03 地方のことは地方へ

 高齢化の問題は、土地問題と同様に、団塊世代の去就の問題でもある。
 したがって、団塊世代の寿命と共に、自動的に解決されるものと予想しているが、少子化問題は国力に直結するので、100年単位の国のあり方を考える必要がある。

 たった40年前には人口が増えすぎるからと、産児制限を行なっていたのである。

 産児制限の政策効果を検証もせずに少子化問題を論ずる近視眼的な見方が社会を支配していることに、懸念を覚えずにはいられない。


 選挙の公約を見ても、とても100年後の日本の将来を想像することはできない。

 日本社会の上から下まで漂う「取り敢えず今日・明日が精一杯」という閉塞感には、絶望感を禁じ得ない。
 平均値をメルクマールとする思考・大衆社会に迎合する政治家、そして自分の利益しか考えない国民。
 佐藤優氏風に言えば、反知性主義に染まった日本の社会に、明るい未来はあるのか。

 参院選挙で問われるのは、政治家の見識だけではなく、国民の見識でもあると考える。

 少子高齢化と空家問題は別個の問題ではなく相互に関連している他、地方の事情は相当異なることから、日本全国共通の処方箋はないということを良く考える必要がある。

 暗い話が多くなったが、合計特殊出生率が2以上となるのは夢のまた夢と思われがちであるが、たまたま調査していたら合計特殊出生率が2.47という村があったので紹介する。

 この村は、北海道のオホーツク海に面する猿払村で、人口2,800人弱、高齢化率は22.4%である。合計特殊出生率が低いのは、ホタテの養殖という栽培漁業の成功によるものと思われる。

 尚、平成22年国勢調査によれば、全国一合計特殊出生率が高いのは鹿児島県の伊仙町で、2.81となっている。

 傾向としては、西高東低で、合計特殊出生率が2.0を超える上位30の市町村の大半は、九州(どういう訳か佐賀・大分・宮崎は入っていないが)と沖縄に集中しており、しかも長崎県の対馬市・壱岐市を除けば町村だけである。

 これらの状況から考えられるのは、地域の産業がしっかりしていれば、少子化は避けられるということである。

 少子化問題は、つまるところ地域経済の問題であるから、地域に密着した対策が必要である。

 その意味からも、地方のことは地方に任せるという大胆な地方分権が必要と思われる。
 
 あれから40年と言い訳をしないためにも、100年先を見通すリーダーが現れることを期待したい。

(2015年 傍目八目掲載/「空家の発生と三ない不動産の行方」)

2022.01.13 17:37 | 固定リンク | 鑑定雑感
地方のことは地方へ ― 平均値の落とし穴 ~ Vol.2
2022.01.06
VOL.02 平均値の落とし穴

 前述したように、平均値で物事を考えると、その対応を間違ってしまいかねないと思われる。
 問題を解決するためには、個別の問題か、それとも全体に共通する問題かを区別する必要があると考える。

 少子高齢化のような地域事情に相当異なる傾向がある問題は、平均像からは個別・具体的な問題解決の方向は、必ずしも見えてはこない。
 社会は平均値で考えられる程、単純ではないのである。

 前述した内容についても、それぞれの都道府県内の各市町村レベルでみると、全く違った世界が見えてくる。
 
 ところで、高齢化率と持ち家比率(2008年時点)をみると、高齢化率が高い地域と、持ち家比率の高い地域は、ほぼ連動しているようである。

 高齢化率と合計特殊出生率が高い佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島6県の平均持ち家比率は65.6%と、全国平均61.1%より約5%高いが、高齢化率が高く合計特殊出生率が低い地域(東北・山陰等日本海側沿いの地域が多い)をみると、持ち家比率が70%以上の県は11県あり、秋田を筆頭に富山・山形と続き、この平均は73.5%と突出しているが、高齢化率も28.1%と、全国平均よりかなり高い。

 但し、この11県の出生率の平均は、1.47と平均より若干高いが、このうち鳥取・島根は1.6前後と突出している。

 推測ではあるが、出生率が低く高齢化率が高い地域は、持ち家比率も高く、そのため空家の発生確率も非常に高くなるのではと危惧される。

 男性の平均寿命80.5歳、女性86.83歳(2014年度調査)を前提とすれば、少子化問題はともかく、高齢者を前提とする問題は、後10年程で自動的に解決されるのではと思われる。

 これらの地域では、後期高齢者が世を去った後に大量の空家が残されることから、空家対策法をもってしても、如何ともし難くなるのではと思われる。

 その一方、高齢者を対象とした各種サービス事業は縮小均衡を余儀なくされ、地域経済は崩壊するかもしれない。

 いくら地方創生とはいっても、前述のような県では手の打ちようがなくなり、縮小均衡から消滅への道を辿る自治体が増加するものと思われる。
2022.01.06 18:02 | 固定リンク | 鑑定雑感
地方のことは地方へ ― 平均値の落とし穴 ~ Vol.1
2021.12.23
VOL.01 少子高齢化を考える視点

 言い古された少子高齢化問題・空家問題について、再度考えてみたい。

 少子高齢化は都会特有の問題ではなく、また、自治体の規模も関係なく、全国到る所で見られる現象である。
 
 厚生労働省の資料によれば、2014年の合計特殊出生率は全国平均で1.42で、100万人割れ目前ということである。
 2011年調査では1.39となっているので少しは改善されたようではあるが、これでは将来の深刻な状況を回避することはできない。

 一方、高齢化率は2012年10月現在で、前期高齢者が12.2%、後期高齢者が11.9%、計24.1%で、4人に1人が高齢者となっている。
 年少人口は約13%となっているので、昔風に現役世代である20歳以上60歳未満と考えると、2人に一人が高齢者とも言える。

 平均的に考えれば、少子高齢化時代といってもピンと来ないので、これらの数字は平均の魔術というべきものと考えられる。

 しかし、都道府県別・市町村別にみれば相当事情が異なるので 平均的な数字を見て少子高齢化対策を考えても、有効な対策はできないと思われる。


 都道府県別にみると、高齢化率が30%を超えるのは、秋田県と島根県、最低は沖縄県の17.7%で、地域の状況は極端に異なっている。

 平均値に近いのは茨城県と兵庫県で、ともに大都市またはその近辺に所在している。

 高齢化率が26%を超える都道府県は全体の約50%であるから、いわゆる平均値に近い高齢化率は26%ということになるのかもしれない。

 合計特殊出生率は、全国平均で1.42(2014年)と若干増加し、マスコミにも取り上げられたが、東京が1.06と極端に低いため、平均値はなかなか増加しない。

 都道府県別にみれば、沖縄の1.86は別格としても、合計特殊出生率が1.4以上の都道府県の割合は約70%、1.5以上に絞ってみても約30%と、かなり気は楽になる。


 他方、1.4未満も約30%を占めているが、1.3未満は17都道府県と、40%弱となるので、むしろこちらの都道府県の方が問題となる。

 尚、少子化問題は、高齢化が進む地方都市に顕著な問題と思っていたら実はそうでもなく、東京・沖縄は別として、過疎に悩まされる道府県のうち、なんと九州の佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県の6県の合計特殊出生率の平均は1.62で、全国平均を大きく超える。

 1.5を超えるのは地方都市に多く、九州を除くと福井・長野・滋賀・鳥取・島根・広島・山口・香川・愛媛と9県ある。


 これらを詳細にみると、少子化問題を全国一律に論じることは無理がありそうである。

 というのは、合計特殊出生率が髙いところは、高齢化率も高いからである。

 ちなみに合計特殊出生率の高い地域の高齢化率は、平均で26.8%と全国平均より高い。

 高齢化率が高いところは、合計特殊出生率も高いということを、少子高齢化問題を考える場合の視点として頭に入れておくことが必要と思われる。
2021.12.23 14:59 | 固定リンク | 鑑定雑感
相互不信社会とコンパクトシティの行方 ~ Vol.4
2021.12.16
VOL.04  マチ作り再考

 人口減少と高齢化・生産人口の減少・空家・老朽家屋の増加等に対する即効性のある処方箋はない。

 マチのあり方を方向づけるのは、地元の住民である。

 中央政府は予算配分等で地方をある程度コントロールができるとしても、言論の自由や移動の自由を制限することはできない。

 地元住民は、自分のマチが気にくわなければ出て行くだけのことである。
 誰かが何とかしてくれるだろうという希望的観測で日々を過ごしている。

 たまにある公共事業で一時しのぎはできるが、その恩恵に与れる人はごく一部に限られる。
 地方もそこに住む地元住民も中央政府にパラサイトしているが、明治政府以降の強力な中央集権がもたらした結果ともいえるのではないかと思われる。

 ところで、民主主義を旨とする今日の大衆社会は、名を名乗らずに相手方を攻撃する。
 自分の個人情報は守られるべきと主張する一方で、攻撃相手はお構いなしである。

 江戸時代であれば、名を名乗らずに攻撃すれば、卑怯者!!と手打ちにされても文句も言えないのに、明治と共に武士道精神は置き去りにされ、卑怯者が蔓延る社会となってしまった。

 近代化と共に相互信頼社会から相互不信社会になり、中央集権の結果としてパラサイト体質に変質してしまったが、それも自業自得ということなのかもしれない。

 いずれにしても、相互不信社会が前提となるのであれば、マチ作りはできない。

 日本の本来の美しさは、世界に比類なき相互信頼社会にあると思うのである。

 近代化とともに相互不信社会に移行してしまったが、地方創成の基本はハード的なマチ作りではなく、相互信頼が醸成されるマチなのではと思うのである。

 個人情報保護法や特定秘密に関する法律等は、相互不信社会の賜と思っている。

 時代の流れといえばそれまでであるが、少なくとも地方だけは相互信頼社会が醸成できるようなマチ作りをして欲しいと願うばかりである。

 そこで試されるのは、まさに民主主義のあり方そのものであり、誰かが何かをではなく、自らが何をすべきかを考え、行動することであると思うのである。

 パラサイト意識を捨て、自立可能なマチ作りを目指したいと願わざるを得ない。

(2016年6月 月刊「不動産鑑定」掲載/「相互不信社会とコンパクトシティの行方」)

2021.12.16 18:13 | 固定リンク | 鑑定雑感

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