公的評価の均衡化・適正化と適正な時価について ~ Vol.2
2024.09.12
VOL.02 適正な時価について
適正な時価については平成6年評価替時から数多くの審査申出や訴訟が提起されているが、土地・建物の双方に最高裁判決が出て適正時価に決着が付いた。
土地については賦課期日現在の客観的交換価値を超える部分は違法とされ、建物については評価基準にそって評価していれば適正時価と推認し得るとし、客観的交換価値説は排除された。
個人的には土地と建物で扱いを変えたのは二重基準と考えるが、実務を考えるとやむを得ないのかもしれない。
ところで、客観的交換価値については、最高裁判決で路線価レベルではなく、一筆レベルでも必要とされ(尾道訴訟)たため、市町村にとってより困難な問題を抱えることになった。
つまり、路線価レベルで7割評価が維持されていても、画地計算後の価値も7割評価が維持されていないと違法とされることになったからである。
しかし、鑑定士でもない市町村職員にそのことが把握できる能力があるとは思えない。
納税者に対する説明責任という面で苦慮することになるが、最早個別対応のレベルを超えていると思わざるを得ない。
固定資産評価・課税におけるBバイCを考えると、固評制度の抜本的な見直しが急務と考える。
適正な時価については平成6年評価替時から数多くの審査申出や訴訟が提起されているが、土地・建物の双方に最高裁判決が出て適正時価に決着が付いた。
土地については賦課期日現在の客観的交換価値を超える部分は違法とされ、建物については評価基準にそって評価していれば適正時価と推認し得るとし、客観的交換価値説は排除された。
個人的には土地と建物で扱いを変えたのは二重基準と考えるが、実務を考えるとやむを得ないのかもしれない。
ところで、客観的交換価値については、最高裁判決で路線価レベルではなく、一筆レベルでも必要とされ(尾道訴訟)たため、市町村にとってより困難な問題を抱えることになった。
つまり、路線価レベルで7割評価が維持されていても、画地計算後の価値も7割評価が維持されていないと違法とされることになったからである。
しかし、鑑定士でもない市町村職員にそのことが把握できる能力があるとは思えない。
納税者に対する説明責任という面で苦慮することになるが、最早個別対応のレベルを超えていると思わざるを得ない。
固定資産評価・課税におけるBバイCを考えると、固評制度の抜本的な見直しが急務と考える。
(2008年10月 「公的評価の均衡化・適正化と適正な時価について」)
公的評価の均衡化・適正化と適正な時価について ~ Vol.1
2024.09.05
VOL.01 公的評価の均衡化・適正化
土地基本法第16条の趣旨に基づき、平成6年評価替から公示価格・基準地価格の7割を目途に評価の均衡化・適正化が進められたことは記憶に新しい。
しかし、平成6年評価替から既に5回目の評価替を終えつつあるが、7割評価の導入によって新たな問題が起きつつある。
第一に、相続税路線価との均衡化である。
相続税路線価と固評路線価は相互に均衡化を図るものとされ、土地評価協議会を通して意見交換されているが、固評に合わせて3年に一度の開催にとどまっている。
固評は3年に一度、相評は毎年のため、2年間のタイムラグと担当鑑定士がお互いの担当地区について関知していないため、必ずしも十分なスリ合わせができていないのが実情である。
市町村と国税局、固評担当鑑定士と相評担当鑑定士との連携・連絡のあり方等、乗り越えるべき課題は多い。
更に、昨今は地方財政の逼迫から地価調査地点の大幅な削減・廃止が検討されている他、地価公示地点もマイナスシーリングの対象となっている。
その為、市町村は削除地点に対応する形で固評標準地を増設しなければならないが、財政再建等から対応にも限界がある。
その一方で、相評路線価の付設対象地域は年々拡大を続けている。
相評路線価は、相続税・贈与税等のためというよりは、減損会計・担保評価のために利用されることの方がはるかに多くなっている。
しかもその利用者の大半は担税力の大きい金融機関や大手会計事務所・不動産業者等であり、公的評価の利用のあり方が変質しはじめている。
地価下落の収まらない地方市町村にとっては、公的評価の均衡化・適正化ではなく、公的評価の一元化の方がより国民の負担が少ないのではないかと思われる。
土地基本法第16条の趣旨に基づき、平成6年評価替から公示価格・基準地価格の7割を目途に評価の均衡化・適正化が進められたことは記憶に新しい。
しかし、平成6年評価替から既に5回目の評価替を終えつつあるが、7割評価の導入によって新たな問題が起きつつある。
第一に、相続税路線価との均衡化である。
相続税路線価と固評路線価は相互に均衡化を図るものとされ、土地評価協議会を通して意見交換されているが、固評に合わせて3年に一度の開催にとどまっている。
固評は3年に一度、相評は毎年のため、2年間のタイムラグと担当鑑定士がお互いの担当地区について関知していないため、必ずしも十分なスリ合わせができていないのが実情である。
市町村と国税局、固評担当鑑定士と相評担当鑑定士との連携・連絡のあり方等、乗り越えるべき課題は多い。
更に、昨今は地方財政の逼迫から地価調査地点の大幅な削減・廃止が検討されている他、地価公示地点もマイナスシーリングの対象となっている。
その為、市町村は削除地点に対応する形で固評標準地を増設しなければならないが、財政再建等から対応にも限界がある。
その一方で、相評路線価の付設対象地域は年々拡大を続けている。
相評路線価は、相続税・贈与税等のためというよりは、減損会計・担保評価のために利用されることの方がはるかに多くなっている。
しかもその利用者の大半は担税力の大きい金融機関や大手会計事務所・不動産業者等であり、公的評価の利用のあり方が変質しはじめている。
地価下落の収まらない地方市町村にとっては、公的評価の均衡化・適正化ではなく、公的評価の一元化の方がより国民の負担が少ないのではないかと思われる。
民間競売制度の導入を考える ~ Vol.9
2024.08.29
VOL.09 民間競売の課題と期待
司法競売にしろ、民間競売にしろ、差押時の現況確定と調査の問題が多いのは先に述べたとおりである。
民間競売が司法競売と同等の効果を発揮していく為には、司法競売特有の問題の研究が必要と考える。
公権力の行使が必要となる民間競売ならば、その存在意義は大きいとは言えない。
事実、公権力の行使の必要のない物権は、今でも任意売却に回されており、競売事件の申立件数は減少している。
いずれにしても、司法競売の問題点を回避しつつ、民間競売の特性を発揮させるためには、関連法令の相当の改正が必要と思われる。
ところで、抵当権の実行を迫られた債務者・所有者の心理的抵抗感は強いが、現場経験のない人にはなかなか理解できないことである。
法律どおりに行動してくれるのなら、誰も苦労はしない。
いくら契約があっても、追いつめられた債務者・所有者は、なかなか素直になれないものである。
競売に追い込まれれば冷静に対応することは難しく、当事者でなければ理解できないことも多い。
競売に追い込まれた債務者・所有者との微妙な関係を円滑に解決するための万全なる方法があるわけでもないのであるから、現行制度に固執することなく、司法競売・民間競売それぞれの長所を十分に理解し、債務者・所有者・債権者のみならず広く国民一般にとって負担が少なく、理解の得られ易い、そして安心して借りられる金融制度の拡充も合せて検討されることを期待したい。
また、制度論争を対立論として捉え、感情論に振り回されることのないよう、評価人も含めて社会の要請に応えられるよう、冷静な分析と着実な業務の遂行により、競売制度の更なる拡充と発展に努力すべきではないかと考えている。
司法競売にしろ、民間競売にしろ、差押時の現況確定と調査の問題が多いのは先に述べたとおりである。
民間競売が司法競売と同等の効果を発揮していく為には、司法競売特有の問題の研究が必要と考える。
公権力の行使が必要となる民間競売ならば、その存在意義は大きいとは言えない。
事実、公権力の行使の必要のない物権は、今でも任意売却に回されており、競売事件の申立件数は減少している。
いずれにしても、司法競売の問題点を回避しつつ、民間競売の特性を発揮させるためには、関連法令の相当の改正が必要と思われる。
ところで、抵当権の実行を迫られた債務者・所有者の心理的抵抗感は強いが、現場経験のない人にはなかなか理解できないことである。
法律どおりに行動してくれるのなら、誰も苦労はしない。
いくら契約があっても、追いつめられた債務者・所有者は、なかなか素直になれないものである。
競売に追い込まれれば冷静に対応することは難しく、当事者でなければ理解できないことも多い。
競売に追い込まれた債務者・所有者との微妙な関係を円滑に解決するための万全なる方法があるわけでもないのであるから、現行制度に固執することなく、司法競売・民間競売それぞれの長所を十分に理解し、債務者・所有者・債権者のみならず広く国民一般にとって負担が少なく、理解の得られ易い、そして安心して借りられる金融制度の拡充も合せて検討されることを期待したい。
また、制度論争を対立論として捉え、感情論に振り回されることのないよう、評価人も含めて社会の要請に応えられるよう、冷静な分析と着実な業務の遂行により、競売制度の更なる拡充と発展に努力すべきではないかと考えている。
(2008年1月 「民間競売制度の導入を考える」)