鑑定業界と相互不信社会 Vol.6
2020.06.25
VOL.06 相互不信社会の到来 

 新スキームにより、膨大な登記情報に接することになったが、そのために情報管理の徹底が求められている。

 任意加入団体の組織でこれに参加する大勢の会員がこのように大量の個人情報を収集・更新・管理する団体は、他にその例を見ない。
 また、事例収集に対応する人員も極めて多い。

 ここで注目したいのは、地価公示に従事する者は、その大半が別組織に属し、しかも相互に受注競争の関係にあるということである。

 同一組織に属する企業内であっても情報管理は困難であるのに、個人事務所から大手企業まで、更には地方の事務所から大都市所在の事務所とそのあり様は千差万別である。

 これを地価公示評価員からそうではない者までをひっくるめて、不動産鑑定士だからというだけで情報管理を徹底するのは、至難の業と考える。
 情報管理等を徹底するのであれば、少なくとも次のことを検討しておく必要があるであろう。

  イ.事例カード化した資料の最終帰属先と法的根拠の明確化
  ロ.資料収集の負担と受益の明確化
  ハ.資料の開示と利用の明確化
  ニ.アンケート未回収情報の取扱い
  ホ.協会と会員の身分関係
  ヘ.協会と地価公示評価員と一般会員相互の権利・義務の関係

等である。

 情報管理を徹底したいのであれば、新スキームに対応する人員はなるべく少ない方がリスクは小さくなるものと思われるので、事例収集を専門に行う新スキーム会社を作り、そこで一括して情報の収集・管理を行う方がより確実であると思われる。

 事例収集は不動産鑑定士の命だと言って必死にしがみついているが、アンケートの発送・回収は別の民間会社が、それも随意契約でやっているのである。

 公的評価は入札で、新スキームの事例のアンケート・発送・回収は随意契約である。

 現場で汗を流し、収集・回収の費用負担までさせられ、挙げ句の果てに日常の鑑定評価に使用しない資料が半分ときては、ただ絶句するばかりである。

 アンケートの回収率が上がったら、地方の個人事務所は経済的・時間的に破綻する他はなく、回収率が低ければ地価公示等に支障を来たすことになる。
 不動産取引市場の透明化に資するというのであれば、地価公示評価員だけがその責めを負わなければならないという合理的理由は見当らない。

 地価公示をしない大手業者が増え、資料を作る者と利用する者とに分化するのは目に見えている。
 何故なら、地価公示は負担ばかりで儲からなくなりつつあるからである。

 このような地価公示評価員のみが資料収集の責めを負うという片務的な状況下では、会員相互間における資料収集の一体感の喪失や、資格者の増加から会員間の相互理解の減少が懸念される他、世代間の意識ギャップの拡大、大都市対地方都市の業務量の2極化から来るモンロー主義の台頭、情報管理に対する恐れ等から、かつての地価公示創成期のような相互信頼は消え失せ、やがて相互不信を前提とした管理社会が到来するのであろう。

 ところで、個人情報にうるさいアメリカでは、取引事例はマーケットデータブックとして写真付で売っているのに、更には個人情報そのものさえ売買する会社があるというのに、日本の現状を見るにつけ、日本国民のメンタリティーは一体どうなっているのかと考え込まざるを得ない。

 混迷の時代を考える参考として、最後に昭和の哲学者、安岡正篤先生の三考原則を紹介し、我が業界のあり方を考える一助とならんことを祈念して終りとする。

 三考原則
一.長期的に考える
一.根本的に考える
一.多面的に考える

(2008年2月 Evaluation no.28掲載)

2020.06.25 12:03 | 固定リンク | 鑑定雑感
鑑定業界と相互不信社会 Vol.5
2020.06.18
VOL.05 取引事例収集の呪縛と相互信頼 

 取引事例の収集は、何故地価公示でなければできないのであろうか。

 我々は普段でも随時資料収集を行なっている。

 しかし、個別に収集した事例は協会には提供していない。

 新スキーム以前は、年2回の事例収集だけである。
 新スキームにより、事例の収集は通年体制になるが、事例収集は受身である。

 本来なら鑑定評価に必要な資料は地価公示・地価調査に限らず、地代・家賃等の事例も含めて独自に、広範に収集するという気概が必要ではなかったのか。

 事例収集は地価公示等に付随するものと思考停止し、本来必須であるべき資料の収集体制について根本的に検討してこなかったことについては、反省すべきである。

 もう忘れてしまったが、5年位前までは協会の推薦がなければ評価員になれなかった時代が続いた。
 そのため、協会の方針どおり行動することが是とされ、評価員の収集した事例は当然の如く協会に集められ、それに異議を唱える者は少なかった。
 また、事例収集は地価公示だけが頼りで、事例収集を組織的にどうするか等の話は聞いたことがないが、それでも支障がなかったのは会員間の情報交換が十分であったからである。

 カード化されない情報でも、相互に交換できたのは相互に気心が知れており、相互信頼が十分に機能していたため、情報管理に気を遣う必要がなかったからでもある。

 しかし、その時代も終わりを告げようとしている。


2020.06.18 12:02 | 固定リンク | 鑑定雑感
鑑定業界と相互不信社会 Vol.4
2020.06.11
VOL.04 地価公示と情報収集 

 前述したように、地価公示をもってしても地方市町村に対して異動通知の閲覧を当然の如く要求はできない。
 地価調査では尚更のことである。

 これまで固定資産税評価や上級官庁の要請等からシブシブ閲覧要求に応じてきたものの、真正面から異動通知閲覧の合法性を問われると、法律上の明確な根拠を示すことができないため、有効な反論ができない。
 本来的には個人情報保護法制定時に我が業界も鑑定業法や公的評価に関連して法改正等の行動をすべきであったと思われるが、時既に遅しである。

 ところが、ここにきて不動産取引市場の透明化を図るため、取引情報の公開(今のところ不完全であるが)が閣議決定され、その中で地価公示の枠組みを使って情報収集を行うこととされた。
 一部の不動産鑑定士にとっては、極めて都合の良い方法であったとみえて、協会本部は総力を挙げてこれに取組むこととされ、大都市から試行されたが平成19年には全国に拡大されることとなった。

 新スキームと称するこの方法に、ことさらに異議を唱える心算はないが、拙速ではなかったかと思わざるを得ない。

 以下疑問点を思いつくままに上げてみる。


  イ.地価公示の枠組みを使うなら、何故法務省は登記情報を出せるのか。~地価公示法には規定がない

  ロ.取引情報は国が回収し、回収された情報を<・・・・・・・>地価公示評価員のみが(傍点筆者)整理の義務を負わされているが、評価員として委嘱されていない期間がある。

  ハ.標準地の鑑定評価の基準に関する省令では、標準地の鑑定評価に関係しない資料等(中古マンション・農地・純山林等)の収集は特に必要とされていない。

  ニ.標準地の鑑定評価にあたって収集した資料の最終的な帰属先が明確ではない。

  ホ.協会が評価員に対して資料の提出を命じる法的根拠が明確ではない。

  ヘ.新スキームにより収集した資料を協会が集約し、それを会員のみが独占的・排他的に閲覧利用できるという法的根拠はない。
    したがって、他の公益法人や大学・独立行政法人等から研究目的等で資料請求があった時に謝絶できるかどうかは解らない。

  ト.地価公示に関係のない資料も沢山整理させられるが、資料収集のための負担と受益の関係が整理されていない。

 等々である。


 公的評価等にとって、不動産鑑定士はなくてはならない存在となった訳であるから、我が業界はもっと根本的に考え、社会にとってより有用な(不動産鑑定士だけのためではない)、そしてより的確な情報提供を担えるよう、関連する制度や法律の整備を広く社会に訴える必要性があるのではなかろうか。
2020.06.11 11:38 | 固定リンク | 鑑定雑感

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