競争入札と不動産鑑定士の市場価値 ~ ニュープアーへの途 ~ Vol.4
2021.02.04
VOL.04 ニュープアーへの途 

 鑑定雑感を書く時、何時も明るい材料を捜すのであるが、残念ながらなかなか見つけることが出来ない。

 鑑定雑感が読者の共感を得ているかどうかは甚だ疑問であるが、今しばらく悲観的な内容が続くことをご容赦願いたい。

 さて、前述のとおり鑑定料金の低額化の影響は徐々に、しかも確実に鑑定士の身を蝕み始めている。

 現在の状況では、良い仕事をしようと思っても時間がなく、経費に見合う料金も貰えない。

 したがって、やむを得ず手抜きに走ることになる。

 どうせ依頼者は価格しか見ていない。
 ザルソバの料金でフルコースの料理を要求する方がどうかしているのである。
 赤信号皆で渡れば恐くないのである。
 いっそのこと鑑定評価書も計り売りにして、グラム○円とした方が良いのかもしれない。
 もっとも、依頼者からすればどうせ鑑定評価書の中身なんかどうでもいいのであろうから、一番軽いモノにしてくれということになるのかもしれない。

 話が少々ずれてしまったが、鑑定料金についてもう少し考えることとする。

 鑑定料金は、そのほとんどが人件費である。

 人件費が主となる他の業界の料金を見ると、全国的にはほとんど同一であることに驚かされる。

 一例を挙げると、マッサージである。

 全国どこでもほとんど十分で千円である。
 したがって、1時間6千円である。

 前述したように、デューデリをこの料金に当てはめると、最低で 2.5時間、良くて5時間で受付から現地調査、レポート作成まで完了しなければならないことになる。
 現実には、こんな短時間で処理することは困難である。
 安いデューデリ1件だけであると、8時間労働で、しかも経費込みで1万5千円、経費率5割とすると手取り1万円である。
 時給に換算すると、1250円。
 良くて 2,000円~ 3,000円になれば御の字である。
 
 ところで、民間給与実態調査(国税庁~平成18年分)に拠れば、男子の平均給与は約540万円(平均年齢44.3歳)である。
 実働日数は盆・暮れ・正月・夏休み・土日・祝祭日を除くと大体230日位である。
 1日当たりにすると、約23,500円である。
 
 ちなみに、公務員はそのほとんどが有給休暇を100%消化しているので、実労働日数は約200日前後である。
 とすれば、日当は27,000円に跳ね上がる。
 年収800万円とすれば、1日当たりの賃金は一般勤労者で約35,000円、公務員で4万円となる。

 これらの状況と鑑定料とを比較すると、鑑定士は如何に低賃金で働いているかが解ろうと思うのである。
 
 中部圏の鑑定士の話であるが、ある大手の鑑定業者の下請けをしていた鑑定士が、年間2000万円の売上のために土日・祝祭日なく昼夜を問わず働き、50歳過ぎで過労死したと聞いたことがある。

 下請けを断れば、次の仕事がなくなるかもしれないと不安になり、依頼された仕事全てを引き受けていたそうである。
 真面目な人ほど料金に関係なく、手抜きをしないで仕事をするため、負荷はかかりっぱなしとなる。
 その結果が過労死である。
 
 このような話を聞くことは辛いが、これが鑑定業界の実態である。

 それにしても、鑑定市場における鑑定士は、これ程の低賃金にしか評価されないとは何と情けないことか。
 天を仰ぎ嘆いてみても、これが現在の不動産鑑定士の業務に対する市場価値である。
 市場は冷酷である。
 日雇い労働者の日当程度の価値しかないと市場で評価されているのに、仲間内でお互い先生と呼び合っている滑稽さ。漫画の世界である。

 この程度の市場価値しかないのに、高度の試験が果たして必要なのであろうか。

 いっそのこと、資格者の夢から目を覚まし、不動産鑑定業法と明確に認識し、鑑定業者は従業員5人に1人の割合で鑑定評価業務取扱主任者を置かなければならないとした方が、鑑定制度の保持のためには良いのではないかと思わざるを得ない。

 少なくとも、従業員5人に1人の割合の鑑定評価業務取扱主任者が必要となれば、多くの鑑定事務所は要件を満たせないので、鑑定評価業務取扱主任者は引っ張りだことなる。

 その結果、賃金は上昇し、生活は安定する。

 原状のままでは、武士は食わねど高楊枝で、我慢競べの世界となる。

 タクシーの運転手をやりながらの携帯鑑定士、ワゴン車に一式を積んで走る移動鑑定士も出現するかもしれない。
 現在のように安値受注合戦に走っていると、自滅の道を歩むことになる。

 もっとも、市場原理主義者にすれば、専門家と雖も市場で淘汰されるべきだと考えているようであるから、中小零細事務所は淘汰されてもやむなしということであろうか。

 かくて、鑑定協会は栄え、零細業者・会員は没落するより他はなくなる。
 まるで農協とその組合員の関係を思わせる構図である。

 パパママストア的鑑定事務所はニュープアーと言われたのは、実は20年も前のアメリカの鑑定業界の話である。

 その時は、あぁ、アメリカの鑑定士は大変だなと他人事のように思っていたが、アメリカ資本主義を信奉する我が国の指導者は、アメリカと同じ道を国民に歩ませたいと考えていたようである。

 格差社会を広げ、貧乏人を追い落とし、社会不安を増大させてしまったのは事実である。
 昨今の状況を見るにつけ聞くにつけ、個人事務所はニュープアーへの道を歩まざるを得ないのかと、暗澹たる気持ちになる。
 鑑定業界の行く先は、今のアメリカの鑑定業界である。
 資本力・売上高・人数が全てである。
 中小零細の鑑定士が如何に光る才能を持っていたとしても、資本力・売上高・人数という市場原理主義のハードルの前には、為す術はない。
 資格者個人の能力をアピールする機会は、ほとんどないのである。

 かくて、市場競争の嵐が過ぎ去り、業界再編の大波が静まるまでの間、中小零細鑑定事務所はニュープアーへの途を歩むことになる。
 その先が天国か地獄かは、誰にもわからない。

 徒然なるままに愚痴ってしまったが、心はあやしうこそものぐるほしけれ。


(2009年8月 Evaluation No.34掲載/「競争入札と不動産鑑定士の市場価値 ― ニュープアーへの道」)

2021.02.04 11:59 | 固定リンク | 鑑定雑感

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