デフレ脱却と内需拡大への道 ~ Vol.3
2022.02.03
VOL.03 モノが売れなきゃ人を動かせ
エコノミックアニマルだワークホリックだと言われ、世界から働く事しか能のない民族と言われて来たが、果たして現在もそのような状況にあるのだろうか。
平成二十八年の暦をみると、祝祭日は年間で15日間ある。
これに、習慣となっている年末年始の休み約7日とお盆休み3日を加えると、現在年間既に25日間も土曜日・日曜日以外に休んでいる事になる。
欧米では日本のように祝祭日等が多くない為、長期有給休暇が一般的である。
我々は長期バカンスを長い間夢見ているが、現役時代の実現はなかなか困難である。
しかし、実際には週休二日制の上に、更に年間約25日も休んでいるのである。
年間労働日数でみれば、何と240日前後しか働いていない事になる。
つまり、12ヶ月のうち働いているのは8ヶ月、休んでいるのが4ヶ月という計算になる。
現在のような祝祭日や休暇習慣からすると、国民経済にとっても環境にとっても、むしろ害の方が多いと考えざるを得ない。
盆暮れやゴールデンウィークのシーズンになると、十年一日の如く繰り返される交通渋滞・料金の高騰・サービスの低下等に悩まされている。
交通渋滞による排ガスの環境汚染やピークに合わせた公共投資は、財政的にも限界にきている。
地方の高速道路をみると、ピークを過ぎるとガラガラ状態になっており、その必要性に疑問を抱かざるを得ない。
経営側にとっては、週休二日制の間に祝祭日がはさまる為、効率的な経営ができない。
勤労者側からみれば、1日・2日の飛び飛びの休みではほとんど何もできない為、充足感が得られない。
これでは、腰を据えて何かをするというような、有意義な休暇の使い方ができないのである。
エコノミックアニマルだワークホリックだと言われ、世界から働く事しか能のない民族と言われて来たが、果たして現在もそのような状況にあるのだろうか。
平成二十八年の暦をみると、祝祭日は年間で15日間ある。
これに、習慣となっている年末年始の休み約7日とお盆休み3日を加えると、現在年間既に25日間も土曜日・日曜日以外に休んでいる事になる。
欧米では日本のように祝祭日等が多くない為、長期有給休暇が一般的である。
我々は長期バカンスを長い間夢見ているが、現役時代の実現はなかなか困難である。
しかし、実際には週休二日制の上に、更に年間約25日も休んでいるのである。
年間労働日数でみれば、何と240日前後しか働いていない事になる。
つまり、12ヶ月のうち働いているのは8ヶ月、休んでいるのが4ヶ月という計算になる。
現在のような祝祭日や休暇習慣からすると、国民経済にとっても環境にとっても、むしろ害の方が多いと考えざるを得ない。
盆暮れやゴールデンウィークのシーズンになると、十年一日の如く繰り返される交通渋滞・料金の高騰・サービスの低下等に悩まされている。
交通渋滞による排ガスの環境汚染やピークに合わせた公共投資は、財政的にも限界にきている。
地方の高速道路をみると、ピークを過ぎるとガラガラ状態になっており、その必要性に疑問を抱かざるを得ない。
経営側にとっては、週休二日制の間に祝祭日がはさまる為、効率的な経営ができない。
勤労者側からみれば、1日・2日の飛び飛びの休みではほとんど何もできない為、充足感が得られない。
これでは、腰を据えて何かをするというような、有意義な休暇の使い方ができないのである。
デフレ脱却と内需拡大への道 ~ Vol.2
2022.01.27
VOL.02 資本主義経済の成熟化とその終焉
内需は拡大しないのではなく、生まれた時からモノに満ち溢れた生活を送っている現代においては、欲しいモノがない、というのが実情ではなかろうか。
個人的にみても、今どうしても欲しいというモノは、なかなか思い浮かばない。
消費経済は成熟化してしまい、今後消費が大きく伸びることは期待できない。
未だに大量生産・大量消費を夢見ているが、大量生産を維持する為には、今まで以上により早く、より大量に、モノを捨てなければならない。
しかし、地球環境の問題を考えれば、大量の産業廃棄物を受け入れる余地は極めて少なく、環境負荷の面からも、大量生産・大量消費は受け入れ難くなりつつある。
その一方で、我が国の人口構造は急速に高齢化しており、少子化と相まって、消費人口が将来とも持続的に増加する方向にはない。
需要面でも環境面においても、これまで以上の大量生産・大量消費は困難であり、単純にモノさえ売れれば良いというような内需拡大は、無理と考えるべきである。
内需は拡大しないのではなく、生まれた時からモノに満ち溢れた生活を送っている現代においては、欲しいモノがない、というのが実情ではなかろうか。
個人的にみても、今どうしても欲しいというモノは、なかなか思い浮かばない。
消費経済は成熟化してしまい、今後消費が大きく伸びることは期待できない。
未だに大量生産・大量消費を夢見ているが、大量生産を維持する為には、今まで以上により早く、より大量に、モノを捨てなければならない。
しかし、地球環境の問題を考えれば、大量の産業廃棄物を受け入れる余地は極めて少なく、環境負荷の面からも、大量生産・大量消費は受け入れ難くなりつつある。
その一方で、我が国の人口構造は急速に高齢化しており、少子化と相まって、消費人口が将来とも持続的に増加する方向にはない。
需要面でも環境面においても、これまで以上の大量生産・大量消費は困難であり、単純にモノさえ売れれば良いというような内需拡大は、無理と考えるべきである。
デフレ脱却と内需拡大への道 ~ Vol.1
2022.01.20
VOL.01 内需は何故拡大しないのか
内需不振に陥ってから、二十年余りが過ぎようとしている。
公共事業等による経済のテコ入れを行っても、依然として内需は拡大しない状況に、官民あげて不満が高まっている。
ところで、何故内需は拡大しないのであろうか。
一般的には、景気低迷に伴う企業倒産、リストラや非正規労働者の増加等により勤労者の所得水準が低迷していることの他に、将来に対する不安から買い控え行動に出ているといわれているが、果たしてそれだけであろうか。
戦後の焼跡から急速に復活した日本経済には、目を見張るものがあった。
この時代はとにかくモノのない時代で、どんなモノであれ作れば売れた時代であったし、国民も頑張ってモノを貪欲に買おうとした時代であった。
大量生産と大量消費が見事にマッチングし、人々はガムシャラに働いた時代でもある。
家電業界における生活必需品の地位を占め、最初の三種の神器といわれたのはテレビ・冷蔵庫・洗濯機であった。
現在、この三つが揃っていない家庭を探すのは難しい。
しかし、つい40年ほど前は、これらはないのが当たり前の時代であった。
また、かつては腕時計は月給以上の高価なものであったが、今は 1,000円位から上は100万単位のものまで千差万別であるが、腕時計を買うのに、かつてのように貴重品として考える人は少ない。
マイカーにしたところで同じある。
衣料品をみれば、一年に一度も袖を通さない服の、何と多いことか。
今や買うことより捨てることの方に気を使う時代になった。
考えてみれば幸せな時代である。
内需不振に陥ってから、二十年余りが過ぎようとしている。
公共事業等による経済のテコ入れを行っても、依然として内需は拡大しない状況に、官民あげて不満が高まっている。
ところで、何故内需は拡大しないのであろうか。
一般的には、景気低迷に伴う企業倒産、リストラや非正規労働者の増加等により勤労者の所得水準が低迷していることの他に、将来に対する不安から買い控え行動に出ているといわれているが、果たしてそれだけであろうか。
戦後の焼跡から急速に復活した日本経済には、目を見張るものがあった。
この時代はとにかくモノのない時代で、どんなモノであれ作れば売れた時代であったし、国民も頑張ってモノを貪欲に買おうとした時代であった。
大量生産と大量消費が見事にマッチングし、人々はガムシャラに働いた時代でもある。
家電業界における生活必需品の地位を占め、最初の三種の神器といわれたのはテレビ・冷蔵庫・洗濯機であった。
現在、この三つが揃っていない家庭を探すのは難しい。
しかし、つい40年ほど前は、これらはないのが当たり前の時代であった。
また、かつては腕時計は月給以上の高価なものであったが、今は 1,000円位から上は100万単位のものまで千差万別であるが、腕時計を買うのに、かつてのように貴重品として考える人は少ない。
マイカーにしたところで同じある。
衣料品をみれば、一年に一度も袖を通さない服の、何と多いことか。
今や買うことより捨てることの方に気を使う時代になった。
考えてみれば幸せな時代である。