DCF法はアートな世界? Vol.6
2020.08.06
VOL.06 高値競争鑑定の実情 

 これからの話は私が現実に体験したことである。

 昨年、東京の仕事仲間からファンドの鑑定を受注したので、手伝って欲しいとの要請があった。

 物件は全国の主要都市にちらばっているため、動員をかけたとのことであった。
 資料が沢山送られてきたが、何しろ時間がない。
 しかも、ERもないのである。

 どうやって評価するのかと思ったが、キャッシュフローは東京の方で調整するとのことであったが、資料を読み解くのは大変であった。

 ところが、作業を進めているうちに、実は評価を依頼した鑑定業者は他にも二社あり、計三社で同一物件を評価することになっていると解った。

 昔の公共事業の用地買収の評価は客観性を担保するため二社鑑定が普通で、二社の鑑定結果を基に起業者が買収価格を決定していたが、今回の評価は相鑑ではなく、最も高い評価額を提示した鑑定業者に最終的に鑑定を発注するという仕組みであることが判明した。

 当方が行なった評価はあくまでも仮評価で、他の鑑定業者の方の鑑定評価額が高ければ依頼はキャンセルされるということである。

 こういう馬鹿げた発注方法が横行すれば、一体どうなるのであろうか。

 仮評価も本評価もやることは一緒である。

 必死になって評価書をまとめても、それが日の目を見るかどうかは解らないのである。
 そこまでやらされるのなら可能な限り高い評価額を提示し、評価作業を無駄にしたくないというのが本音であろう。

 個人的にはこんな馬鹿げた仕事を受けて欲しくはなかったが、受けてしまったものは仕方がない。
 気乗りはしなかったが、こういう依頼の仕方をする依頼者に迎合する気はないので無理な評価はしなかった。
 他の地区を受け持った仲間も同様であったようで、結局正式な鑑定依頼はキャンセルされ(高値鑑定に負けた)、正直ホッとしたものである。

 わずかなキャンセル料で我慢するしかないが、二度とこういう仕事には関わりたくないと思ったものである。 

 しかし、そういえるのは贅沢なことかもしれない。

 仕事が無くなれば、そんなことは言っていられない。

 完全な公正・妥当な評価なんて誰にも解らないし、第一お金を払ってくれる依頼者に盾突いたところで仕事を失うだけである。

 ところで、このような高値を競わされる評価の場合、DCF法は極めて有効である。

 土地や建物の価格は様々なデータがあるため誤魔化しは効かない。

 しかし、前述したように赤字不動産でもたちどころに黒字化させて高い評価を出せるのであるから、稼働さえしていれば、いや稼働していなくても、どうにでもなると考える他はない。

 事実、そういう評価の話や現物の評価書も見てきているが、DCF法による収益価格というのは本当にマジックのようである。

 DCF法による収益価格が精度・信頼性が高いと言った人がいたが、それは前提条件が全て完全であるということであろう。
2020.08.06 09:56 | 固定リンク | 鑑定雑感
DCF法はアートな世界? Vol.5
2020.07.30
VOL.05 指し値鑑定とストライクゾーン 

 鑑定という仕事を長年やってつくづく思うことは、不動産の価格が解らないから鑑定を頼むということは非常に少ないということである。

 一般的には、価格は解っているがそれを確認したい、あるいは、自分の都合の良い価格を第三者に証明してもらいたい、というのがほとんどである。

 例えば、取引当事者が合意している場合にその合意金額と異なる評価をすることは難しい。
 何故なら、合意金額で評価しても当事者から評価が不当だという苦情はくることはないし、第一お金を払ってくれるのはその当事者だからである。
 依頼者からお金をもらって依頼者の意に添わない評価をすれば、まずお金を払ってくれないであろう。
 また、特別なこと(訴訟等)がない限り依頼者に合わせたところで被害者は出ないであろうし、トラブルに巻き込まれる心配もない。
 それより何より、金払いの良い依頼者が次何時来るかわからない時に依頼者の意向を無視して仕事を謝絶することは、なかなかに難しいことだからである。

 人はパンのみに生くるにあらずといっても、パンがなければ生きられない。

 しかし、かといってパンばかりを追いかけると思わぬ落し穴に落ちるかもしれない。

 依頼を受ける場合は不動産の調査・評価をする前に、まず依頼者本人を調査・評価しなければならないことになる。
 ある程度依頼者の意向を汲んでやらないと仕事はまず来ない。
 しかし依頼者の氏素性を解らぬまま意向に添うとトンデモない事件に遭遇するかもしれないので、依頼者の意向にどの程度添えるか、あるいは逃げた方が良いのか、依頼者の信頼性を見極める能力が必要となる。
 私にはその能力がないので、一見のお客さんには原則として対応しない。

 まあ、素っ気なく断れば評判が落ちるかもしれないので、相談には乗ることにしているが、個人の場合はよくよく話を聞くと評価するまでのこともないことが多い。

 話が少し横道にそれたが、面識のある依頼者はそのほとんどが鑑定評価の使い方を知っているので、白紙の状態で評価を依頼しに来ることはない。

 つまり、評価額の腹積もりが最初からあるので、依頼を受ける立場としては同業者や第三者から苦情がきた時に説明可能な範囲の価格(いわゆるストライクゾーン)であるかどうかを考えることになる。
 ストライクゾーンからはずれていると思えば断る理由を捜し、ストライクゾーンの範囲にあれば引受けることになる。

 しかしここで問題なのは、ストライクゾーンの判定である。

 野球のように厳格なルールがあり歴史もあるゲームでさえストライクゾーンは審判によって微妙に異なるのが現実である。
 野球に比較して鑑定評価のストライクゾーンの判定は極めて困難である。
 鑑定評価のストライクゾーンは鑑定士によっても時代によっても異なるから、明確なストライクゾーンを示すことは困難である。
 
 ここに鑑定士がつけ込まれるスキがある。
2020.07.30 09:55 | 固定リンク | 鑑定雑感
DCF法はアートな世界? Vol.4
2020.07.22
VOL.04 長期連続の大赤字の収益不動産も甦らせるDCF法マジック 

 これはある信頼できる人から聞いた話である。

 彼の話によれば、長期連続の大赤字を出し続けている不動産についてDC法を適用し、見事黒字のキャッシュフロー表を作成し、それに基づいて極めて高い評価を行なった評価書を見たとのことであった。
 
 彼はその不動産を良く知る立場にいたため、関係者からその評価書を検証して欲しいと依頼され、図らずもこのような評価書を目にしたということであった。
 残念ながら私の手元にその評価書の写しはないが、後学のために一度は見てみたいと思ったものである。

 私にはDCF法を十分に使いこなす能力がないのでDCF法について論評する立場にないが、それにしても赤字不動産を甦らせるDCF法に、一体どれほどの精度や信頼性があるというのであろうか。
 私には不思議の国の出来事としか思えない。
 
 ところで、ここまで極端な例はあまりないと思うが、賃料設定を一般相場より高めにしたり、低めにしたり、費用項目を適当に調整したりしている評価書をたまにではあるが目にすることはある。

 この傾向は、特に地元以外の鑑定士に多く見受けられる。

 東京から日帰りで調査(評価物件だけ見て帰る?)し、評価しているようであるが、地元にいてもなかなか大変なのにスゴイ能力をお持ちの鑑定士がいるものだと感心する他はない。

 話を元に戻すが、一体こんな高い賃料を払える人が地元にはいるのだろうかと他人事ながら心配しているが、それで被害者が出る訳でもないので如何なるキャッシュフローを予測しようが売買が先にありきの評価で誰も迷惑しないのであるから関係ない、ということであろうか。
2020.07.22 09:54 | 固定リンク | 鑑定雑感
DCF法はアートな世界? Vol.3
2020.07.16
VOL.03 キャッシュフローの予測はタラ・レバの世界 

長期のキャッシュフローを予測するのは非常に困難である。

 結局今まで通り行ったとしたら、予測期間内に予測した事が発生したとすれば、という仮説の積み上げの世界である。

 また、キャッシュフローの予測も単一シナリオ(本来的にはダイナミックDCF法により複数シナリオで検討するのがベターであろうと思われる)であるため、出てくる答はある意味でどうにでもなるとしか言いようがない。

 ERがあったとしても修繕時期や予測費用は絶対的なものではないから、手を加えても検証のしようがないので保有期間内のお金の出入りについて恣意性を完全に排除することは難しい。

 これらの試行過程を考えると、DCF法を完璧に使いこなすのはなかなか困難なことと思われる。

 ところで、一般の人はともかく、あまりにもDCF法による評価の精度が高い、信頼性が高いという前宣伝が効き過ぎたせいか、金融関係・役所関係の人々に収益物件についてDCF法を適用しない鑑定評価は胡散臭いと思われるのには辟易することがある。

 個人的には胡散臭いのはDCF法だと思っているが、DCF法の構造的欠陥を言う人は少ない。

 時代の流れだから仕方ないとか、個人事務所ではDCF法適用物件を評価することはほとんどないのであまり関心がない、というのが本音であろうか。
2020.07.16 09:53 | 固定リンク | 鑑定雑感
DCF法はアートな世界? Vol.2
2020.07.09
VOL.02 DCF法による価格と直接法による収益価格の違い 

 DCF法は収益価格の一類型に位置づけられているが、個人的には何かしら怪しさを感じる。

 何故なら、保有期間(分析期間)が短ければ求められる価格の7~8割は直接還元価格の復帰価格であり、純粋にキャッシュフローで説明できるのはたかが2~3割にすぎないからである。

 長期の保有期間(10年前後か)を想定すればその割合は半々位なると思われるが、それでも約半分しか説明できない。
 証券化不動産の評価においてはDC法の適用は必須であるが、証券化不動産の評価という仕事はまず個人事務所に依頼があることはないと断言できる。
 仮に依頼があったとしても、10年間の保有期間のキャッシュフローのシナリオを完璧に作ることはできない。
 予測の原則があるといってもせいぜい2~3年が関の山である。

 この激しい時代変化の中で、一体誰が10年間のキャッシュフローを作成することができるのであろうか。
 1年先も読めない私には、人間離れした神業としか思えない。
 不動産鑑定士に依頼すれば、少なくとも10年間は絶対に倒産・破産しない不動産経営ができるのであろうか。
 10年間のキャッシュフローを予測し、それが適正だと言い切れるのなら、多額の費用と時間をかけて華々しく発表される、各シンクタンクの我が国の一年先の経済成長率の予測は百発百中でなければならないことになる。
 
 しかしこれまで、経済成長率の予測が当ったことはないのである。

 たかが一人の鑑定士が限られた費用と時間と資料の制約の中で10年先のキャッシュフローを作り上げるというのであるのだから、ただただ恐れ入るばかりである。

 私には神をも畏れぬ所業としか思えない。


2020.07.09 09:50 | 固定リンク | 鑑定雑感

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