フラクタル現象とエレベーター相場 Vol.6
2021.01.07
VOL.06 事情補正とフラクタル現象

以上のとおり、フラクタル現象は市場一般に見られる現象と考えられることから、不動産市場にも当然当てはまるものと思われる。

そこで個人的に感じたことは、我々が鑑定に当って日常的に行っている事情補正なるものの考え方である。

鑑定評価基準には、事情補正について、不動産取引等が特殊な事情を含み、これが当該取引価格等に影響を及ぼしている時は適正に補正しなければならないとし、そして「特殊な事情とは、正常価格の成立を妨げる条件のことであるから市場の合理性と市場人の行動の合理性に反するもののことである。」としている。

 さて、実際問題として、これらのことを客観的に把握することが可能であるのであろうか。

実際の取引はバラツキがあり、取引の動機も事情もそれぞれである。

アンケートで特に事情がないと回答してきているものでも、周辺の取引価格と比較すると常時10%~30%位の振れが見られる。

仮に実取引価格に一定の幅が見られるのを是とすれば、比準された試算値も取引価格のバラツキの幅に応じてバラツクことになる。

そして、個人的に特に問題であると思うのは、異常値としてデータを排除することに慣れてしまうと、異常値の背後にある市場の変化を見落としてしまいはしないかということである。

異常値は実はフラクタル現象そのものかもしれず、異常値が増加傾向にあるということは、市場の転換点を示すことかもしれないと思うのである。

経済物理学が教えるように、我々に欠けているのは「観測事実を最優先して素直にあるがままを認める体質が欠けているからだ」との指摘は、十分に胸に受け止める必要があると考える。

不動産関係の研修では、不動産取引におけるフラクタル現象に注意して下さいと言うようにしている。

取引における異常値は、市場の変化点とその後の動向を暗示するものであると考えているからである。


ところで、前述のとおり高安教授の著作を引用させてもらったが、間違って解釈していることが多いかもしれないが、勉強不足とご容赦を願うものである。

尚、著作は次のとおりであるので、一読をお勧めしたい。

「経済物理学の発見」高安秀樹著(光文社新書)2004年9月20日初版1刷発行(760円+税)




(2009年5月 Evaluation no.33掲載/「フラクタル(現象)とエレベーター相場-経済物理学から事情補正と時点修正を考える」)

2021.01.07 15:33 | 固定リンク | 鑑定雑感
フラクタル現象とエレベーター相場 Vol.5
2020.12.18
VOL.05 経済物理学の発見 

このタイトルは、平成16年9月に発行された(光文社新書発行)東北大学の高安教授の著作から拝借したものである。

高安教授のこの著作に拠れば、


「これまで経済学を支えてきた理論のかなりの部分が実証的な根拠のない空論だったことが明らかになってきています。」

と指摘し、更にアダム・スミスが提唱した需給均衡論は 200年経った今も


「これぞという証拠を見出した人はいない。」


と断言している。

暫くこの著作の受け売りが続くが、我慢していただくことにして、こう続けている。


「実例が見つからないのは、現実の市場の仕組に欠陥があるからだという弁解の理論が作られた。
円・ドルなどの外国為替の市場は、これまでの経済理論の教えに従い、規制を排除し、情報伝達を素早くし、更に訓練を積んだディーラーを揃えて取引するようになったが、それでも市場が安定化する兆しなど全くないどころか、むしろ以前よりも激しい変動がより短時間スケールで発生しているようにすら見えるのです。」


と。

 数学の素養のない筆者にとっては、なかなか理解できないものの、この著作によってこれまでの経験から今までの経済学的発想ではとても対応できないと感じてきた問題に一筋の光明を見出せたのも事実である。

 ところで、高安教授に拠れば


「経済物理学の分野は誕生して10年にも満たない(発行当時)新しい研究分野であるが、物理学者・経済学者・金融実務家等が集まって、常識を覆す発見や斬新なアイデアが報告されているとし、当該著作は最先端の経済物理学の研究成果を紹介することを目的としている。」


と記している。そして代表的な研究成果として、次の10点を挙げている。


①売買取引には微小な誤差を拡大するカオスの仕組が内在しており、需要と供給が釣り合って市場の価格が安定することはない。
②市場の価格変動を大きくするのはディラーの過去の価格変化に追随して先読みをする効果であり、暴落やバブルはこの効果が強く働いた結果生じる。
③②の効果のために、市場価格の変位の統計性はブラック・ショールズの理論が仮定するような正規分布よりもはるかに大きな裾野を持つベキ分布にしたがう。
④市場価格は、上位5%の大きな変動だけで全体的な動きの特徴を捉えることができる。
⑤短いスケールでの市場価格の変動は、非常に癖のある変動であり、短期の予測は十分に可能である。
⑥最も進化した市場である外国為替市場でも内部矛盾した状態である裁定機会は一日のうち5%程度の時間発生している。
⑦ミクロな市場価格の変動の確率動力学方程式から、マクロなインフレーションの方程式を導くようなミクロとマクロを連結する理論ができた。
⑧全所得の変動の統計モデルによって、所得の分布がベキ分布にしたがう経験則が説明でき、未来社会の所得分布を推定することも可能である。
⑨銀行間のキャッシュフローデータから背後に潜むネットワーク構造を推定し、その安定性を考察することができる。
⑩為替レートの変動のリスクから解放される 方法として、電子的なバスケット通貨を導入する方法がある。


 以上のうち、個人的に特に興味をひいたのは、

①の「市場価格の安定性はない」ということと、

④の「市場価格は上位5%の大きな変動だけで全体的な動きの特徴を捉えることができる。」の二点である。

これを不動産市場に置き換えてみると、これまでの動きが何となく理解できるような気がするのである。

鑑定手法は取引データに手を入れることが多いが、データを科学的に取扱っているかと問われれば、疑問符がつくことになる。

データを科学的に扱うことの意味をもう少し考えるべきではないかと考えざるを得ない。

 ところで、①の市場価格の安定性はないということについては、カオスの効果であると次のように説明されている。


「売値と買値のわずかな差異で取引の成立・不成立が生じるが、そのわずかな違いが質的な違いを引き起こすようなメカニズムが繰り返されると、観測できない程の小さな量が拡大され、それがシステム全体の未来に影響を及ぼすようになるが、これがカオスである。」


そして、

「このような性質は、あらゆるオープンマーケットについて成立し、物理学の視点から見れば、価格が安定し続けるようなオープンマーケットは存在し得ない。」


と結論づけているが、成程と思わざるを得ない。

そして更に、強烈に胸を突いたのが次の言葉である。


「経済学が科学になりきれないのは、観測事実を最優先して素直にあるがままを認めるような体質が欠けているからだ。」

このことは、鑑定に当ってデータを優先して素直に認める体質が我々にあるかと問われれば、正直言ってあるという自信がないのである。

 次に気になったのが、④の市場価格は上位5%の動きで全体の特徴が把握できるという指摘である。

これについては、フラクタルという用語で次のように説明している。


 「フラクタルとは、カオスと並ぶ複雑系の科学の基盤となる概念で、一部分を拡大したものが全体と似ているような性質を持つものを総称してフラクタルと呼ぶ」

としている。
2020.12.18 13:48 | 固定リンク | 鑑定雑感
フラクタル現象とエレベーター相場 Vol.4
2020.12.10
VOL.04 エレベーター相場時代の時点修正 

証券化により地価水準の動きが荒くなったことは否めない。

こういう市場環境の中では、時点修正のあり方について科学的に研究した方が良いのではと考える。

これまで、地価水準は一定のトレンドの中で時点修正率の大きさや求め方に問題はあるものの、それなりの役割を果たしてきたものと考えている。
しかしここ数年の急激な動きを見ると、時点修正は可能なのかという疑念を抱かざるを得ない。

今後、更に乱高下が激しくなったときに、どう対応したらいいのだろうか。

これまでのエスカレーター相場の時代にあって、公示価格の変動率は市場動向を反映してきたものと考えるが、エレベーター相場のように短期間に乱高下するようになると、トレンドを読むことが困難になる。

その結果、変動の変化点を見出すのが困難となり、評価者により大きなブレが生ずる可能性が高くなる。

いずれにしても、後記に紹介する経済物理学の目指すところは、案外我々の盲点かもしれないと思わざるを得ない。
コンピュータの進歩が経済物理学の分野を開拓したことから、これ迄不可能だったことが可能となる時代が来て、鑑定理論の分野に革命を起す日も近いのかもしれないと感じる今日この頃である。
2020.12.10 15:27 | 固定リンク | 鑑定雑感
フラクタル現象とエレベーター相場 Vol.3
2020.12.03
VOL.03 時点修正とエスカレーター相場 

鑑定評価基準によれば、時点修正とは「取引事例等の取引時点が価格時点と異なることにより、その間に価格水準・賃料水準・建設費等に変動があると認められた場合には、当該取引事例等の価格等を価格時点の価格等に修正すること」であるとされている。

そして時点修正は、「取引事例・収益事例・建設事例等について、それぞれ豊富に収集した価格形成要因の推移・動向等を総合的に勘案して行うことが必要である。」 とされている。

思想としてはある程度理解出来るものの、実際問題としては手に余る作業と思っている。

データの大量観察ができる株式市場ですら先が読めないのである。

それに引き替え、不動産市場ではデータの不足は恒常的であり、しかもデータの偏在が著しいのである。

このような条件下で時系列的に分析せよと言われても、神ならぬ人の身となれば、分析にも限界があるのは当然である。

しかも、不動産市場が一部とはいえ証券化され、株式と同様に売買され、その資金がさらに市場に投入されるという状況下では、相場の行方を的確に把握することは困難である。
そんなことができるのであれば、既に一財産をなし、ハッピーリタイアも夢ではなくなる。

また、同一地方都市内でも地価の動きは異なっており、道路一本隔てただけで変動率が変わる等ということをどう理解して良いか、ボンクラの筆者には見当がつかないのである。

また、何時の時点から上がったのか、下がったのかを判定することは、更に困難である。

かつて訴訟鑑定の証人尋問で、相手側弁護士から時点修正をしているが何月何日から変動したのかと聞かれ、返答に詰まったことを記憶している。

時点修正が完璧にできるのならば、一度鑑定した物件について再鑑定は不要となる。

また、要因があって価格が決まるのなら、要因の確定を深化させれば良いことになる。

やがてその研究が高度化すると、要因と時点修正率の関係も説明できるようになるものと考える。

しかし、大量のデータが入手可能な株式市場や外為市場でさえ、一瞬先は闇である。

不動産のようにデータの絶対量が少なく、しかも不透明でかつバイアスが大きい市場の特性を考えると、時点修正は至難の業と思わざるを得ない。

ところで、昨今、不動産市場は急速に悪化しつつあり、二桁マイナスも予想される中で、比準価格の大半が時点修正で決まるということも考えられる。

つまり、時点修正率が20~30%位あるのに、地域格差を数パーセントの範囲で説明したところで、あまり意味がないと考える他はない。

まして、急激な変化が生じた時、その時が地価水準の変化点だと言い切ることはできない。20数年鑑定世界に身を置いているが、時点修正の判定は、今もって自信のない世界である。
 
2020.12.03 15:26 | 固定リンク | 鑑定雑感
フラクタル現象とエレベーター相場 Vol.2
2020.11.26
VOL.02 エスカレーター相場とエレベーター相場 

これまでの地価公示で、価格の先読みに大きな不安を感じなかったのは、地価水準が比較的連続的であったことと、バブル崩壊後、急激な地価下落に見舞われたが、取引はそれなりにあったことによるものと考えられる。

つまり、不動産業界は大変であったが、他の業種は比較的安泰で、実体経済全てが極端に悪くなかったからではないかと思われる。

それ故に、地価下落が大きくてもデータがあるため、ある程度自信を持って価格を決めることができたような気がするのである。
言葉を替えれば、これまでの地価相場はエスカレーター相場であり、昇りか下りかの別はあるけれども連続的であったため、先読みが出来ることになり、大きな不安はなかったというのが実感である。

しかし、不動産の流動化を促進するためにアメリカで流行した不動産の証券化が日本でも本格的に始まったことにより、地価水準の動きがやや不連続になったような気がする。

つまり、証券化するということは、株式市場の動きに限りなく近づくということではないかと思うのである。

個人的には、株式市場が企業の業績に関係なく上下を繰り返していることから、証券化された不動産も稼働実績に関係なく世界経済の中に呑み込まれ、地域経済とは無縁の世界の動きに翻弄されるのではないかと危惧していたものである。

講演を頼まれることも多いが、その席では証券化不動産の危うさについて話をしたが、それが現実となった。
実物経済の不動産は地域密着であり、購入者は良くも悪くも地域と密着しているため、逃げられないのである。

外国の不動産マーケットがどうあろうと、とりあえず地元とは直接的には関係しないため、不動産の動きはそれ程急激なものにはならなかったのである。
地域経済と関係なく相場が動き始めたのは、前回のバブル時である。

東京の地価水準から見れば地方都市の土地はタダみたいなものである。
地方都市を買占めることができると思うのも無理はない。

しかし、地元から見れば、地域経済が良くなった訳でもないのに何故地価が上がるのか不思議で仕方がなかった。
地価は地域経済の鏡であり、地域経済と関係なく地価が上下動することはあり得ないと思うのである。

ところが、そのあり得ないことが起きたのである。

地元の事情に関係なく地価水準が動き始めると、先読みは難しくなる。

つまり、東京の市場や外国の市場の動きにも注意する必要が出てくるからである。

それでもバブルの頃は東京市場と地方では1年位のタイムラグがあったので予測は比較的楽であったと記憶している。

しかし、昨今は長くて半年で短ければ3ヶ月位のタイムラグで、しかも世界のマーケットとのタイムラグも縮小しているため、不動産市場の先読みはより困難になっている。

これまでのようにトレンドが読めるエスカレーター相場から、瞬時に上下するエレベーター相場へと移行しつつあるため、地価公示のように1ヶ月位前から見込み価格を検討することはかなり困難な作業とならざるを得ない。

それでも何とか評価作業を終えたが、3月時点で振り返ってみた時にそれで良かったかどうかは神のみぞ知ることと思う他はない。
2020.11.26 15:26 | 固定リンク | 鑑定雑感

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