民間競売制度の導入を考える ~ Vol.8
2024.08.22
VOL.08 司法競売と民間競売の限界

 以上のように、競売評価においては差押時において抵当権設定以降に発生したあらゆる状況を確定し、評価に反映させなければならない。

債権者からみれば、お金と時間はかかるが、抵当権設定後、抵当物の管理をロクにしなくても、差押時における現況を確定して売却してくれる司法競売は便利なものと思われる。

 また、司法競売の利点としては、やはり信頼性が一番である。

 裁判所が関与してくれているという安心感は、何物にも代え難い。

 しかし、司法競売にも前述したように様々な問題点があるのも事実である。

 他方、民間競売制度が司法競売制度と同等の信頼性を確立するのは容易なことではない。

 耐震偽装から始まった食に関する偽装等、民の信頼性は大きく揺らいでおり、制度の維持・保全は一筋縄ではいかないものと思われるが、制度設計次第で対応可能と考える。

 ところで、抵当権設定後数10年も経過すれば、当初の人間関係は崩れ、契約を守るという期待はできない。

 任意の話し合いができない以上、公権力の行使によって強制的に金銭関係を整理する方法の社会的存在意義は大きい。

 これに対して民間競売は、私的実行特約付抵当権設定(仮称)となり、売却方法等はあらかじめ契約によって定めるとしている。

 抵当権設定時と差押時の状況に変化がなく、人的関係も維持されていれば私的実行特約における契約は良く守ってくれるものと期待される。

 しかし、現実の日本では、契約を守らない輩が出てくる。

 特に抵当権設定後数10年も経過すれば、設定時の状況を良く知る者はいないことが多く、人間関係も破壊されていることが多いものと思われる。

 司法競売においてさえ、現況確定の調査に非協力的であることは日常茶飯事であり、現況調査命令・評価命令という葵の御紋の威力は、予想以上に小さい。

 民間競売で仮に人間関係が破壊され、任意の調査協力が得られない、あるいは協力するふりをしての調査引延ばし、第三占有者からの有益費の請求、留置権の行使等の状態が生ずれば、私的実行特約付抵当権による民間競売は結局不調になるものと思われる。

 つまり、これらを排除しようとすれば公権力の行使になることから、執行官に協力依頼するか、訴訟によって法的に対応しなければならず、司法競売より費用と時間がかかることも予想される。

 民間競売が良く機能する前提条件としては、債権者・債務者の人的関係・信頼関係が維持され、抵当物の状態に大きな変化がなく、売却時の調査等に積極的に協力してくれる状態が保証されることが必要と思われることから、民間競売の円滑な運営のハードルは意外と高いのかもしれない。
2024.08.22 09:57 | 固定リンク | 鑑定雑感
民間競売制度の導入を考える ~ Vol.7
2024.08.08
VOL.07 差押時における現況確定

 民事執行法上は、差押時において差押不動産に係る物的・法的関係を全て確定しなければならないとされている。

 土地における物的な関係では、地番・地目・地積・道路・供給処理施設等、建物では所在位置・家屋番号・床面積・増改築の有無等が挙げられる。

 公法的な関係では、土地・建物に共通するものとして不動産に関する行政法上の制限・許認可の有無・違反の有無等の他、私法上の問題としては民法・借地借家法等があり、抵当権設定時と差押時の権利の異動の他、法定地上権の成否・有益費・必要費等の確認、附属建物の有無、抵当権の効力の及ぶ範囲の確認・確定等、民事執行法に例示されていない現況の確定作業は数多くある。

 これらの事項を限られた時間と費用で全て確定させるのは至難の業である。

 更に厄介なのは、広大な山林のように範囲や現況の確認が物理的に不可能なものはどうするのか、また、農地については現況地目イコール農業委員会の認定地目とならない場合があり、この場合どう取扱うのか。

 因みに、不動産登記法では、地目は一部に相異があっても全体として判断せよとなっているが、民事執行法における現況地目の判定は、不動産登記法に準拠するということにはなっていない。

 したがって、広大な牧場に厩舎が一棟でもあれば、現況地目は牧場一部宅地と表示することになり、法定地上権の成否も検討しなければならないことになるが、本当にこれで良いのか今もって解らない。

 いずれにしても、抵当権設定時から長いもので20数年も経過してから、設定時と差押時の状況を確定・精査し、その上で抵当権者に対抗可能な権利関係等が発生しているのかどうか、抵当物の価値に影響を及ぼす物的・法的状況があるのかどうかを確定するのは、大変な作業となる。

 また、このような物件は地方に多く存在し、処理時間や売却率に大きな差が生ずる原因となっているが、都会にいる人がこれらを実感することは難しい。
2024.08.08 11:08 | 固定リンク | 鑑定雑感
民間競売制度の導入を考える ~ Vol.6
2024.08.01
VOL.06 現況主義について

 競売評価は、差押え時の現状に基づいて評価しなければならないとされており、評価条件を付すことができない。

 ところで、差押え時の不動産の現況の確定とは、一体何をどこまで確定すれば良いのかは判然としない。

 民事執行法では、評価書の記載内容として不動産の所在する場所の環境の概要、都市計画法、建築基準法その他の法令に基づく制限の有無、内容又、土地については地積、建物については床面積・種類・構造等が例示されているが、評価人は何をどこまで調査・確定しなければならないかは何も規定していない。

 宅地建物取引業法では、法第35条において重要事項の説明義務を明示しており、その内容も詳細に規定している。

 民事執行法ではこのような詳細な規定がないため、例示されている基本的な事項は別にして、調査事項の範囲・内容等の確認は評価人によって様々である。

 その為、誤解を生ずることも少なくない。

 また、調査・説明範囲が明定されていないため、物件によっては与えられた時間内ではどうしても調査を終えることができない場合が出てくる。

 他方、調査事項が明定されていないため、基本的な部分のみの調査で終わらせても、執行裁判所はそれが十分な調査を踏まえたものであるかどうかを確認することはできない。

 したがって、確認不十分なまま売却され、競落人が改めて調査した結果重大なミスが発見されることもある。

 話はやや逸れてしまったが、評価書の記載内容の例示はあるが、現況の確定とは何かについてはもっぱら解釈論に委ねられている。

 判例によれば、厳格な現況確定を期待しているものから、時間と費用が限られているのであるからその範囲内での現況確定で良しとするものまで、見解は必ずしも統一的ではない。

 これらの問題が物件の確定作業の長期化につながり、早期処分の足かせになっていることは否定できない。
2024.08.01 09:18 | 固定リンク | 鑑定雑感
民間競売制度の導入を考える ~ Vol.5
2024.07.25
VOL.05 評価人の法的位置づけと責任

 前述したように、民事執行法上は評価人を選任して評価を命じなければならないとされているだけで、評価人の法律上の身分は判然としない。

 不十分ながら調査権も付与されているのであるから、公務員に準じて取扱われるべきものと考えるが、評価ミス・調査ミスをめぐる損害賠償請求事件の判例をみると、一体評価人はどういう立場の人間であるのか訳が解らなくなるのである。

 執行官のミスは国家賠償の対象となる(身分がハッキリしている)のに、執行官と同じく命令に従い、時には執行裁判所の指導に従って評価を行なった評価人がミスを犯せば民事訴訟の対象となるのでは、法律上の均衡を著しく失しているものと考えざるを得ない。

 仮に、評価命令によって行なった評価が民事訴訟の対象となるのであれば、評価命令の法的性質は単なる請負契約の一形態と考えざるを得ない。

 しかしながら、業務の性質や量に関係なく一方的に日限を区切り、報酬も示さず、更には調査・評価の範囲や限界も示さず、謝絶の自由もままならないこのような業務が請負契約であると考える人はまずいないであろう。

 評価命令は一方的で、受諾の意志を問わないのであるから、個人的には私的契約ではないと考えざるを得ない。

 尚、過去の判例をみると評価人のミスは国家賠償の対象となるとする判例から、ならないとする判例まで両極端であり、現場の裁判官も混乱している。

 評価人の法的身分は今もって不安定である。評価人として業務を行ない、不動産鑑定士として責任を問うのであれば、最初から不動産鑑定法の枠内で評価業務を行なわせるべきではないかと思わざるを得ない。
2024.07.25 13:45 | 固定リンク | 鑑定雑感
民間競売制度の導入を考える ~ Vol.4
2024.07.18
VOL.04 評価人の資格・要件

 前述のように、評価人は法律の専門家でもないのに、競売物件の評価のプロセスで否応なく法的判断をしなければならない場合がある。

 その結果、不具合が生じ、後日評価人そのものが民事訴訟で損害賠償請求されることがある。

 これらのことを考えると、評価人とは摩訶不思議な立場の人間であると思わざるを得ない。

 ところで、民事執行法上は、評価人の定義もなければその職責(対裁判所・対競落人)も明らかにしていない。

 つまり、評価人は一方的に執行裁判所が選任し(現在ではあらかじめ評価人候補者名簿を作成し、その中から選任している)、物件目録記載の不動産(何がくるのかは解らない)を何月何日(基本的には土日を含めて40日程度)までに評価して報告せよと命令されるだけで、合理的な理由がなければ謝絶はできない。

 そして、評価人の資格制限は法定されていないので、法律上は原則として誰がなってもかまわないことになる。

 但し、民事執行法上の文脈からすれば、評価人としては不動産鑑定士が一番相応しいと考えられるが、現実的には不動産鑑定士でない者が評価人をしているところもあり、他方不動産鑑定士なら誰でも評価人になれるかというと、そうもなっていない。

 特に三大都市圏で評価人になるのは至難である。

 更に、評価人の定義がないのであるから、評価人にどのような能力や経験が必要とされているのかは判然としない。

 過去の判例を見ると、不動産鑑定士あるいはそれと同等以上の能力の他に、測量士・建築士並みの能力を要求しているかのようなケースも見られる。
2024.07.18 13:23 | 固定リンク | 鑑定雑感

- CafeLog -