不動産のグローバル化と道内の取引事情 ~ Vol.9
2024.03.28
VOL.09 稀少性経済と過剰性経済

市場経済が成立するのは、財に稀少性があるからである。

かつて、水と空気はタダと言われていたが、今やガソリンより高い水を平気で飲んでいる。

江戸時代の話であるが、東北の田舎から江戸に出てきた若者が、辻売りで水を売っていることにビックリ。一人は、田舎ではタダの水が江戸では金を取っている。こんな恐ろしいところは嫌だといって田舎に帰ってしまった。
残った一人は、田舎じゃタダの水が江戸では金になる。こんな面白い所はないといって江戸に残り、商売で成功したとのことである。

人間とは面白いもので、同じ現象を見ても、一人は否定的に、一人は肯定的に見るように、物事をどう捉え、どう考えるかはその人次第ということであろう。

話がずれたが、タダでも要らない不動産が大量に出回れば、最早市場は成立しない。

つまり、価格はないので、市場経済的思考で解決することは困難である。

これまで、不動産は稀少性の代名詞のようなものであったが、時と場所を変えれば稀少性はなく、ヤッカイものの代名詞となる。

日本は敗戦後長らく成長過程にあったため、全て稀少性を前提に考え、対処してきたように思われる。

戦後70有余年を経て、不動産がヤッカイものになるとは、誰が予想したであろうか。

稀少性の問題は人口と裏腹の関係にあり、人口が増加している限り稀少性は失われないので、市場経済的考え方で問題を解決することはできると考える。

しかし、急激な人口減少は、過剰性の問題を引き起こすことになる。

今のところ過剰性経済学はないので、少子高齢化に対する有効な処方箋を書けないが、そうはいっても残された時間は少ない。
これまで、街づくりに知恵を絞ってきた会員の皆様には、是非過剰性の問題に取り組んでいただきたいと、切に御願いしたいと思っている。

 

(2021年3月 全日本土地区画整理士会北海道支部会報誌第31号/「不動産のグローバル化と道内の取引事情」)



 

2024.03.28 16:52 | 固定リンク | 鑑定雑感

- CafeLog -