競争入札と不動産鑑定士の市場価値 ~ ニュープアーへの途 ~ Vol.1
2021.01.14
VOL.01 成長神話と不動産神話

 懐かしい言葉である。

 社会の大多数の人々は、ホンの20年前まではこの神話を信じて疑わなかったのである。

 昨日より今日、今日より明日は必ず良くなるものと信じていたのである。
 国家も地方も拡大再生産が無限に続くと想定し、人口減少が経済活動に様々なゆがみをもたらすかもしれないと危惧していた人は少ない。

 ところで、不動産鑑定制度は、成長神話の黎明期に誕生したのは周知のとおりである。

 あれから40年以上が経過しているが、鑑定制度がこれまで順風満帆にやって来られたかと問われれば、そんなことはないと言わざるを得ない。

 最初のヤマ場は、オイルショックと国土法の成立である。
 筆者の記憶に拠れば、日経新聞(コラムだったと思う)に不動産鑑定士では食べて行けないという超悲観的な記事が掲載されていた。
 この時の不動産鑑定士の二次試験合格者は実務経験を頼む場がなく、鑑定事務所から給料をもらうのではなく、逆に鑑定事務所に給料を払って在籍させてもらい、実務経験を積んだ人も相当数いると聞いている。

 2回目のヤマは、平成3年以降のバブル崩壊と信託銀行の整理統合である。
 信託銀行と言えば不動産鑑定士、不動産鑑定士と言えば信託銀行と言われる位、信託銀行には沢山の不動産鑑定士がいた。
 信託銀行も不動産鑑定士が多数在籍していることが一種のステータスであったらしく、社内における不動産鑑定士の養成にも力を入れていた。
 それが、バブル崩壊とそれに伴う金融再編の嵐の中で、信託銀行も整理統合され、在籍していた不動産鑑定士も鑑定部門の廃止により整理・統合され、多くの不動産鑑定士が銀行を去って行った。

 3回目のヤマが今回である。
 バブル崩壊の谷底から不動産の証券化を契機にやっと這い上がり、ミニバブル現象と言われる程地価は上昇し、不動産鑑定士も、ミニバブルの演出者であるファンド会社に転職して行った人も多い。
 しかしそれも長くは続かず、リーマンショックとともにファンド会社も総崩れとなり、花形産業であるファンド会社から去って行った。
 地方都市から東京のファンド会社に転職した不動産鑑定士も相当数居るものと思われるが、彼らも故郷に舞い戻って来ている。
 資格業も社会の構成員である以上、特定の資格業だけが社会の恩恵を受け、安心・安定という訳には行かず、時代の波に翻弄されるのも致し方のないことと諦める他はない。

 ときに、資格業界の実情をみると、資格業のエースである弁護士業界ですら、宅弁・軒弁とか言われ、まともな給料を貰えず、十分な実地訓練ができない状態が出現している。

 不動産鑑定士の世界も同様で、実務修習という、いわば机上訓練だけで不動産鑑定士が誕生する世の中となった。
 規制改革という錦の御旗の前に為す術もなく、資格業の世界も簡素化(?)されたが、果たしてこれで良かったのかどうかは歴史的評価を待つ他はない。



2021.01.14 13:56 | 固定リンク | 鑑定雑感

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